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― 魔女の本棚 ― 

【3】考えるための覚書
   1.宗教と科学
   2.固定観念という罠
   3.思考能力と人類としての価値

3.思考能力と人類としての価値

考えることが大切だということを私は力説してきましたが「考える能力」はどのようにしたら成長するのでしょうか。結論から言えば、

「思考能力とは言語能力である」

と、いえます。人間は言語でものを考えます。だから、言語能力を高めれば思考能力も比例して高まるのです。

こういうと、発想などクリエイティブな部分が大切だ、というような反論をされることがあります。たしかに発想力は大切ですが、それは思考能力と分離して考えなければなりません。例えて言えば、どんなに素晴らしいイメージを思い浮かべることができても、デッサン力がなければ子供の落書きになってしまうのと同じです。

言語能力は訓練と学習で誰でも身につけることができます。だから、思考能力がないというのは単純に努力が足りないというだけです。少々傲慢な言い方をさせていただきますが、私はよく人と議論をするとき「あなたは頭がいいから」という逃げを打たれることがあります。確かに、そういっている人と私自身を比べるとそれはまったくの事実であることがほとんどなのですが、それは私がその人よりも努力をしてきている、という単純事実に他ならないのです。

「思考能力が足りないということは単純に努力が足りない」

と、いう「事実」に他ならないのです。裏返して言えば、人類は言語というものを手にしたことで、生物学的には他の動物の上に立ったわけです。ですから、思考能力が足りないというのは「人間として恥ずかしい」ということで、もっと言えば、人類としての価値がないということなのです。

自分が人類としての価値があるか、ということを今一度考えて頂きたいのです。そして、足りないと思ったら努力してください。思考能力というのは特別なものではないのですから。

 

(初出:橘青洲ブログ 2007.9.1)

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